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2016
01.04

マタラ神像 安来市清水寺

Category: マタラ神
島根県安来市の清水寺の常行堂にあったというマタラ神像を見た。島根県立古代出雲歴史博物館のサイトで画像が上がっている。鎌倉時代嘉暦4年(1329)の銘のある最古の摩多羅大明神だ。鼓は無くなっていて、翁というよりは壮年の男子像だ。この像しかないのだろうか。背景に北斗七星の板絵があったのではないか。台座はぐるりと雲型が取り巻く円形ではなかったか。葉室の星と氷上の星が踊る姿でかしずいていたはずだ。
逗子市の神武寺の画像では、マタラ神と二人だけの図で、北斗も雲も無かった。今度はマタラ神だけ。だんだん星の伝承が消えて行く。
安来市の清水寺の本堂は214度を向いていた。氷上ライン、氷上の星を見る設計だ。星が正面にくると天の川が地平線をぐるりと取り巻く。スサノオの八重垣の時間だ。
マタラ神は慈覚大師円仁が比叡山の常行堂に祀った。古事記では比叡山は日枝山と表記されるそうだ。知らなかった。日枝神社はあちこちにある。後から天台宗が来たのだろう。その比叡山の常行堂の北に釈迦堂があって、ここから常行堂をみると197度になる。マタラ神ラインだ。その先は四明ケ嶽だった。
比叡山とは双耳峰で、主峰大比叡は848m、四明ケ嶽は839m。地図上にある比叡山のマークは山頂にはついていなくて、そこが釈迦堂から見て214度の氷上ラインの先だった。不思議だ。
比叡山を京都の南からみると二峰に見えるそうだ。二子山は古い信仰の山だと思われる。箱根の二子山と葉山の二子山の間に相模一宮寒川神社があって、冬至の日の出と日没がそれぞれの山の間になる。そういう場所に神社を作る。聖地である。
京都の北部、京都御所から比叡山をみると、大比叡は隠れて四明岳が三角錐に見えるそうだ。トンガリ山の甘南備山は天の一点を容易に示す。星がその上にくるだろう。向きは54度。その上に織姫星を見るのが葉山の二子山の上の山の場所だ。上の山とは神の山であろう。
京都御所から見て真南は渉成園。東本願寺の境内。その上に葉室星、南十字星が来る。マタラ神は197度を見ている。そこに西本願寺がある。この時、天の川が円環になり、織姫星は54度に来ている。そこに比叡山の四明ケ嶽があって、トンガリの上に縄文時代の北極星、織姫星が輝く。そういう場所に御所が作られたのだ。京都の鬼門を守るのが比叡山だという。鬼門に織姫星がある時、その下に比叡山延暦寺があった。出雲八重垣が360度四方を取り巻くのだから、スサノオは地上にいる。その瞬間を星が教えてくれる。鬼とは何かを。
この設計は拙著「織姫星と鎌倉」の巻頭口絵4に載せた。八重垣の夏 星図4である。鎌倉駅前蔵書室で読むことができます。Kindle版あります。宣伝になってしまった。









https://www.evernote.com/shard/s33/sh/7ac4c501-c031-48a7-96f2-328f5c652e2f/f3e4cb6b5aaaedd067d6c6f93f4a7046

http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2015
12.29

神武寺の摩多羅神画像

Category: マタラ神

神奈川県立歴史博物館が2006年に出した「神々と出逢う 神奈川の神道美術」という目録にマタラ神の絵があった。それも逗子市の神武寺所蔵だという。しらなかった。驚きだ。北斗と雲が無く童子でもない。翁でもない。興味深い。





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2014
09.15

遠山郷の位置

Category: マタラ神

Googleマップの地形図で遠山郷の位置を見ると、中央構造線の断層が直線の谷になって見える。その向きは197度で、摩多羅神が見ている向きに一致する。
東は富士山、西は入鹿池。入鹿池は縄文遺跡があり入鹿屯倉があったが、1600年代に農業用池になった。






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