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2012
02.29

猫を描けなかった北斎

Category: キリシタン
NHKの歴史秘話で、北斎をやっていた。
最後の方で、80才を過ぎた北斎がしみじみと涙を流した、と語っていた。
毎日絵を描くことに精進していても、いまだに猫一匹描くことはできないのだと。
思うままに描けるようになりたい、と。
老いた北斎は泣いたという。
はっ、とした。
なぜ、猫、なのか。北斎は猫もたくさん描いている。
もちろんこれは、もっと上手に描きたいという例えだけれど。
満足に描けないという表現が、どうして「猫」さえ描けない、になるのか。

猫 とは、江戸時代に語ることができなかったキリシタンの末裔たちのことだ。
頭に手ぬぐいを被って、春の徹夜踊りをする人たちだ。
水を飲む時に、ふっと息を吹きかけて飲むという。猫舌なのかもしれない。
鎌倉市の北隣にある横浜市の猫の供養塔について、以前書いたことがある。
参照:「鎌倉、まぼろしの風景」踊場の猫供養塔

江戸時代を語る時に、キリシタン弾圧について触れずに語ることはできないとおもう。
もうキリシタンはいなかった、と、思うかもしれない。
でも、江戸時代の庶民は、いつもキリシタンと讒言されない様に
お地蔵様に祈ったり神社にお参りしたり、気を使ったのだ。

当然の様に、北斎はキリシタンの絵を描くことができなかった。
弾圧に関わる絵も、キリシタン大名の絵も。
翼のある裸の子供の絵は描いた。それは天使の絵にそっくりだ。
でも十字架は書けない。もちろん。

自由に描きたい という北斎の声を、私たちは聞きとっているだろうかと思う。
弾圧の実情を隠して暮らす江戸時代が、いまだに続いていないかとも、思う。

参照:「鎌倉、まぼろしの風景」葛飾北斎の1834年


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2012
02.26

瓜生島伝説の意味

Category: キリシタン
神奈川新聞に、大分の「瓜生島伝説」についての特集記事が乗っていた。
旧鎌倉地区の広範囲が津波注意地区になった昨今、これから来るという巨大地震に備えて、津波の歴史をもっと知ろうとの企画なのかもしれない。

大分に沖の浜という国際港があった。
そこからフランシスコ・ザビエルが出航したことや、大友宗麟の貿易など、大分の中心地であったにもかかわらず、地震の津波で村ごと港は流されて消えてしまったのだ。
そのことについては 「鎌倉、まぼろしの風景 139.沖の花 」で、書いた。
北鎌倉で売っているお菓子「 沖の花」から発展した記事だ。
139.沖の花
海の水で洗われるような沖の浜は、潤(うるう)島と呼ばれても良いところだ。
うるう、が瓜生(うりう)に転化したらしい。
島とは、アイランドのことではなくて、エリアの事だ。

神奈川新聞の特集は面白かった。ただ、決定的なことが書かれていなかった。
沖の浜という地名がなぜ現在に残らなかったのか。
名前が消えたのはなぜか。
消えた村は瓜生島であると今に伝わっている。なぜ、沖の浜を瓜生島に言い換える必要があったのか。
それは誰がやったのか。いつの事か。

言論弾圧があったことは歴史に残らない。
キリシタン弾圧の実情も、もちろん残らない。
そういう日本の歴史の中で、沖の浜という国際港の名が消されたことに、
気がついてほしかった。
新聞記者なら、そここそ、書くべきだと思うのだ。
沖の浜が消えたことは、天災であったと、誰もが公言できる。
でも、沖の浜の名が消されたことは人為だ。
人々の口からその名を奪ったのだ。
今だからこそ、歴史の書き換えについて、言論弾圧について、学びたいと思う。
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2012
02.10

大久保長安の伊豆長岡温泉

Category: キリシタン
昨日の朝日新聞の夕刊に「キリシタン能が復活」と載った。
「よみがえるキリシタン能」
「観世流宗家、震災鎮魂の祈り込め公演へ」
記事を読んで、変わって行く「空気」を感じて嬉しかった。

「キリシタン」は今でも一部ではタブーになったままだ。
実際に「キリシタンとして殺された人はここでは一人だけです」
という説得を聞いたし、「私の県にはキリシタン遺物などありません」という会話もあった。
今でも忌避されるのは、昭和の言論思想弾圧がいかに厳しかったか、を物語る。
そして今でも、住民をいわれの無い攻撃から守らなければならない、とでも言う様に。
「平成になっても、その『空気』は、何も変わっていないのではないか」
そういう厳しい戒めだと、私はその言葉を受け取っている。忘れない様にしている。
その変わらなかったものが、昨年の3.11から、少しずつ変わって来た様に思える。
少し、だけれど。私だって、少し、変わった。

静岡県伊豆の国市の能のワークショップが1月にあった。
伊豆長岡温泉の古奈で、小鼓と大鼓、太鼓に触ることができた。
100人もの参加者たちは近隣の小学生やら電車を乗り継いで来た引退組(私達)やら。
小鼓を持って10分もたたないうちに、「いよおー!」と自分から声が出る。
驚いた。能は見るよりも、やるほうが俄然面白い。健康的で気持ちがいい。
このワークショップは市が毎年やっているもので、参加費は500円。
能の町をアピールしている。
そのパンフレットに、伊豆の金山を指導しに来た大久保長安が猿楽をここに広めたと
書いてあった。私的には感動的な言葉だ。
死後に磔になった大久保長安が、ここではきちんと名誉回復されているじゃないか。
私達にとって古奈は2回目の訪問だ。だけど川向こうにある成福寺にはまだ行っていない。
鎌倉市小袋谷にある成福寺と同名のお寺である。いつかは訪問してみたい。
194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

キリシタン能のビデオを見たことがある。これも新作能で、新潟で上演されたものだ。
アッシジの聖フランチェスコとクララを舞っている。美しかった。

鎌倉市のキリシタンは小袋谷のキリシタンとしてだけしか、語られないのだろうか。
藤沢、横浜、逗子を眺めて、そのなかで鎌倉のキリシタンを見直したいと思う。
権力があった殿様と姫君たちが持って来たキリシタン文化を、
鎌倉の庶民がどう継承したのか。
それは愛情から来る行為だったのではないかとも思う。



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