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2016
01.26

大淀三千風の遺物

Category: 未分類

三重県松阪市の本居宣長記念館へ行った。
元禄の連歌師、大淀三千風の初版の日本行脚文集全七巻を見せていただいた。
素晴らしかった。筆文字の文はとても読めないけれど、鎌倉の扇ヶ谷の臥龍松の所を眺めた。2011年の本居宣長記念館の記事にその写真があった。
http://www.norinagakinenkan.com/whats/kizou_nihonangya.html

旅する俳諧師は松尾芭蕉が有名だ。死後に俳聖と讃えられ持ち上げられたので、今に作品が残る芭蕉は、確かに素晴らしい俳句を残した。
それは「意図的に残された芭蕉」の功績であって、大淀三千風にはその必要がなかった。はじめから有名人で江戸時代の人々は彼が大好きだったから。
その彼は、時代の中で役目を終え、今は語る人が少ない。

鎌倉キリシタンを調べて行く中で、彼に出会って、2008年に三千風の事を書いた。
http://kamekokishi.web.fc2.com/stella/garyuu.html
鎌倉に来た三千風 「鎌倉、まぼろしの風景」HP

http://kamekokishi.web.fc2.com/kyrie/190/tatsutau.html
○と□(マリヤとイエス) 「鎌倉、まぼろしの風景」HP

この当時ネットでは三本居宣長記念館でしか三千風の事を知ることができなかった。館長さんの共感に満ちた暖かい記事が多いに影響して、私は三千風のフアンになった。

思いがけないことに、三千風の遺品とは、金唐革紙の手箱だった。
金唐革紙を調べていって、また、歴史のドラマの中に入ってしまった。
ここには書ききれない。


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2016
01.18

景色はどこから見るか

Category: 未分類
鳥羽三女神を知って八禰宜山を知った。
http://kamekokishi.web.fc2.com/stella/259/259.html
ハネギ山から見ると北東から東にかけて夏の大三角形のデネブ、織姫星、彦星が上がってきた時に、湖面に星を写したように鳥羽三女神の灯明が見えただろうと思う。
星の三角と三女神の灯明の三角が同じ大きさに見えるのは、八禰宜山の山頂からの風景だ。そしてこの山頂からみると伊勢神宮内宮は真北にある。

さて。ここからが問題だ。
この事をイワクラ学会の方々に問うと、あっという間に返事がくる。私の様なハンパな者にも親切な、素晴らしい方々が活動中なのだ。
内宮の北には磐座があるという。磐座と内宮と八禰宜山の山頂は子午線上に揃うのだ。
これはすごい。人為的だ。

磐座から見れば内宮は南中した太陽の真下にある。アマテラスを祀るのにふさわしい設計だ。
ところが八禰宜山から見れば、北の空の北極星の下にある神社は子(ね)の神社か毘沙門堂に見えるだろう。今の北極星が天の北極になかった飛鳥時代には、天の北極を祀る目印として、どうしてもそこに(内宮の位置に)光る灯明が欲しいところだ。

もちろん、異論もあるだろう。どの神社も、南から見ると北の神社になるし、北から見れば南にある神社だ。でも、わざわざ山頂の北に神社があるのは、偶然ではないだろう。
磐座と山頂と、どちらが古いかと問えば、山頂ということになる。(山頂の位置を加工すれば別だけれど。)
山頂から北を見て、そこに夜も光る岩を置いた。あるいは、そこに元々あった岩を磐座に加工して、暗闇に沈む森を切り開き、星月夜に輝く岩の鏡面を目印にした。そう想像して見た。その後に、磐座と山頂との視線を遮るように内宮ができた。のではないか。磐座はやがて不要になり、土地の人達だけが祀る場所になる。
それを後に、おそらくは星神が復興した江戸時代に、鳥羽三女神というセットが、古い神社を組み合わせて作られて、「八禰宜山から見る」という秘密が語られたのではないか。と、思った。
江戸時代にお伊勢参りが大流行する。不思議だとずっと思ってきた。
平将門を公然と祀って江戸の守りとしてきた時代は、朝廷の力が最も弱かった時代だ。その時代にお伊勢参りが大流行する。
そのお伊勢参りは、猿田彦の二見浦であり、猿田彦の外宮であり、北辰の内宮であったのではと思う。
伊勢に居た猿田彦(猿どもの首領と貶められた星神を祀る王)は、八禰宜山を甘南備山として祀っていたのだろうと、想像してみた。

http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2016
01.12

鳥羽の三女神に輝く星

Category: 熊野
熊野三社で作る三角形と、鳥羽の三女神と言われる三社をつなぐ三角は同じ形をしている。裏返しだけれど。それは夏の大三角形の形だった。星の三角と同じ形だ。Googlemapと天文学3D+に書き込みをいれて、位置を確かめたら、日本の国の成り立ちにちょっと触れたように思えた。あす、ホームページの方に載せますので、ぜひ読んで見てください。鳥羽の三女神というセットにしたのは、きっと星祭りが盛んだった鎌倉時代か江戸時代の設計かもしれないと思いました。
あ、でも、使った星空は西暦1年の空だから、やはり古いのかな。

http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2016
01.10

熊野と鳥羽三女神

Category: 熊野

鳥羽市に三女神と呼ばれる神社があると知った。
一つは宗像三女神のうちの市杵島姫を祀る。
三つの神社をつなげて三角形を作ってみた。
それは見事に、熊野三社の三角形にそろう。
鏡面反転した熊野三社の三角だった。
大事なのは角度である。裏返しでもかまわない。
さらに。
熊野速玉大社は神倉神社から来ていて、だから新宮という。
旧の神倉神社にはゴトビキ岩という岩倉がある。
熊野本宮は大斎原を見つめる参道がある。これが153度。
彦星線だ。
そして那智の滝。
同じく鳥羽三女神は、磐座と滝と153度を見る神社である。
熊野とは何か、に、近づいている。
私が今やっていることが、おそらく「熊野信仰」なのだと思います。






http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景





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2016
01.09

レプリカントの未来

Category: 未分類
リドリー・スコットの映画「ブレードランナー」(1982年)で描かれた未来都市に現れるレプリカント。人造人間。アンドロイドの製造年月日が2016年1月なのだそうだ。そうか。もう近未来も通り過ぎてしまう。千葉はチバ・シティに、東京はネオ・トウキョウに。そんな中で毎日キモノでタビ。そして靴を履いて外出する。ナショナリズムではないキモノ。アオザイやサリーだったかもしれないけれど今は対丈の小袖に切替中。

http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2016
01.07

本居宣長記念館の大淀三千風

Category: 未分類
松阪市の本居宣長記念館に元禄の連歌師、大淀三千風の資料があるらしい。

キリシタンから松尾芭蕉に当たり、三千風に行き当たったのだけれど、彼の本は少なすぎて、日本行脚文集全七巻しか読んでいない。
「星」の方で、眞鍋大覚の事を調べている時に、彼の家の近くの神社に三千風の文があることを知った。
神社の由来を彼のキラキラしたコケオドシな言葉で書いたのだろう。立派な文を書いてもらって、みんな喜んだと思う。だから彼は旅を続けることができた。人々に受け入れられて喜ばれた人なのだ。芭蕉とは大違いだ。
全国の寺や神社に散らばる三千風の文章は、その価値を失って忘れられているのだろうと思った。

「大淀三千風研究」を書いた岡本勝先生の資料リストが手に入る。
こんなに嬉しいことはない。



http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2016
01.06

白鳥座が降りてくる

Category: 未分類

阿射加神社の左右から流れてきた農業用水は神社の前で合流する。その上に合流する天の川が揃う。
その頃まだあった猿田彦の赤い星が山頂に降りてくる。
AD1年の10月夜8時の星景色。





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2016
01.05

阿射加神社の猿田彦

Category: 未分類

三重県松阪市にある阿射加神社を知った。
古事記にある猿田彦の死の場面。伊勢国阿邪訶(あざか)の地で猿田彦は溺れて死んでしまう。ここに猿田彦は祀られている。
拙著「織姫星と鎌倉」に白鳥座の中央に猿田彦の赤い星があった、と書いた。
この地形に白鳥座が現れているはずだ。どう見たら白鳥座になるのだろう。
面白いです。





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2016
01.05

真土神社の参道 312度

Category: 未分類
神奈川県平塚市の真土神社は魅力的な神社だ。真土とはしんどと読む。東京都の待乳山聖天さんも、まつちやま、は真土とも書くのだ。古墳時代から小高い丘だった。
一方平塚にも真土大塚山古墳があった。ここから三角不知神獣鏡が出土している。
真土神社の参道は見事に大山山頂を正面に据えていて、誰が見ても、大山を見ている神社だ。だから問題にはならなかった。ここにきて、その参道が312度であることに気づく。頼朝の古式巻狩りの312度である。桓武天皇の交野の狩の312度。
http://kamekokishi.web.fc2.com/stella/257/257makigari.html
白鳥座が、御中の星が降りてくる、フリーメイソンのプロビデンスの目の三角が降りてくる312度だ。
18度方向には那須山まで平野が続く。135度方向は城ヶ島になるか。
真土神社は砂丘の上にできた神社で人工の山ではない。でもここを選んだのは、312度に大山があるからだと気づいた。

http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2016
01.04

マタラ神像 安来市清水寺

Category: マタラ神
島根県安来市の清水寺の常行堂にあったというマタラ神像を見た。島根県立古代出雲歴史博物館のサイトで画像が上がっている。鎌倉時代嘉暦4年(1329)の銘のある最古の摩多羅大明神だ。鼓は無くなっていて、翁というよりは壮年の男子像だ。この像しかないのだろうか。背景に北斗七星の板絵があったのではないか。台座はぐるりと雲型が取り巻く円形ではなかったか。葉室の星と氷上の星が踊る姿でかしずいていたはずだ。
逗子市の神武寺の画像では、マタラ神と二人だけの図で、北斗も雲も無かった。今度はマタラ神だけ。だんだん星の伝承が消えて行く。
安来市の清水寺の本堂は214度を向いていた。氷上ライン、氷上の星を見る設計だ。星が正面にくると天の川が地平線をぐるりと取り巻く。スサノオの八重垣の時間だ。
マタラ神は慈覚大師円仁が比叡山の常行堂に祀った。古事記では比叡山は日枝山と表記されるそうだ。知らなかった。日枝神社はあちこちにある。後から天台宗が来たのだろう。その比叡山の常行堂の北に釈迦堂があって、ここから常行堂をみると197度になる。マタラ神ラインだ。その先は四明ケ嶽だった。
比叡山とは双耳峰で、主峰大比叡は848m、四明ケ嶽は839m。地図上にある比叡山のマークは山頂にはついていなくて、そこが釈迦堂から見て214度の氷上ラインの先だった。不思議だ。
比叡山を京都の南からみると二峰に見えるそうだ。二子山は古い信仰の山だと思われる。箱根の二子山と葉山の二子山の間に相模一宮寒川神社があって、冬至の日の出と日没がそれぞれの山の間になる。そういう場所に神社を作る。聖地である。
京都の北部、京都御所から比叡山をみると、大比叡は隠れて四明岳が三角錐に見えるそうだ。トンガリ山の甘南備山は天の一点を容易に示す。星がその上にくるだろう。向きは54度。その上に織姫星を見るのが葉山の二子山の上の山の場所だ。上の山とは神の山であろう。
京都御所から見て真南は渉成園。東本願寺の境内。その上に葉室星、南十字星が来る。マタラ神は197度を見ている。そこに西本願寺がある。この時、天の川が円環になり、織姫星は54度に来ている。そこに比叡山の四明ケ嶽があって、トンガリの上に縄文時代の北極星、織姫星が輝く。そういう場所に御所が作られたのだ。京都の鬼門を守るのが比叡山だという。鬼門に織姫星がある時、その下に比叡山延暦寺があった。出雲八重垣が360度四方を取り巻くのだから、スサノオは地上にいる。その瞬間を星が教えてくれる。鬼とは何かを。
この設計は拙著「織姫星と鎌倉」の巻頭口絵4に載せた。八重垣の夏 星図4である。鎌倉駅前蔵書室で読むことができます。Kindle版あります。宣伝になってしまった。









https://www.evernote.com/shard/s33/sh/7ac4c501-c031-48a7-96f2-328f5c652e2f/f3e4cb6b5aaaedd067d6c6f93f4a7046

http://kamekokishi.web.fc2.com/index.html 鎌倉、まぼろしの風景
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2016
01.01

新春の紅葉

Category: 未分類

神奈川県鎌倉市の葛原岡神社へ行った。神社の山は古墳のように見えた。富士山と大山が見える。今泉のゴルフ場のレストハウスも見える。目視で地域を知るための重要なランドマークの一つが葛原岡神社の山頂だ。ここが古墳なら、周りに木が無くて石で葺かれて、夜目にも光る目印だっただろう。


Skitch by Evernote で作成。




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2016
01.01

新年のご挨拶

Category: 未分類

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
年賀状の作品は野枝の「ひなたぼっこシリーズ」の「羊」と「猿」です。




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