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2011
12.03

古代の長野県松代町と鎌倉市大船は似ている

十一月三十日の朝日新聞の文化欄に長野県松代町の土中から見つかった鎌倉時代の石幢が載っていた。
七角形の推定3mの石柱だ。発見された3基が、復元された様に地面に立っている写真があった。
三本の七角柱。
そう、鎌倉市大船には六本の六角柱が立っているところがある。
こちらはごく最近に建てられた記念碑だけれど。
現代の人がこういう伝承を未だ持ち続けている。それが不思議で、その事が私には魅力的な謎なのだ。

松代町の石幢は七本あったのではないか。
それは北斗七星の形に立っていたのではないか。大船の南斗六星と同じに。

長野県松代町の地図を開く。犀川と千曲川が合流する水郷地帯だ。
千曲川の向きは大船の柏尾川の向きと同じだ。

http://homepage.mac.com/kamekokishi/kashiogawa.html

柏尾川の大船幻想

で、書いた様に、それは古代の七夕の夕べ、天の川に鏡面反転した様に一致する。
そのオリジナルは中国泰山から見る黄河の向きだ。黄河と天の川が一致する夜。
千曲川に対して松代町の位置が泰山だ。柏尾川に対して大船の位置が泰山である。
大船で南斗六星が台山の上に載る様に、大地をデザインした古代人が居た様に、
松代町で北斗をみて居た人たちがいた。
それが平安時代に定着して、鎌倉時代には当たり前になった。それは私の空想だ。

Googleearthで松代の盆地を眺める。山の高さが大船に似ている。
松代も大船も、律令時代の官牧だ。両方とも、大伴さんが管理しただろう。
その前は秦氏だ。両方の近隣に秦氏の伝承がある。
そして両方に離れ山があった。山脈から切り出した人工物だ。
これは決定か!?
松代に三島神社があるのも興味深い。
北斗を見て何をしたか。何か大きな尻尾を捕まえた気持ちで、ワクワクする。
何もわからないのだけれど。

泰山の北緯は36度11分。同じ北緯なら同じ場所に星が上がる。
それは例えば長野の佐久市。龍岡城五稜郭だ。松代ではない。
古代の川と、街と、星図が、目前に広がって現実を忘れさせる。魅力的だ。

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